仏壇について

浄土真宗・仏事入門(仏壇について)

ここにあげる資料は、西方寺・仏教壮年会主催の「西方寺・仏事教室」資料として配付されたものです。

お仏壇とお給仕

● ご本尊(阿弥陀如来)の迎え方

お仏壇の中で、一番大切なものは、「ご本尊」です。「新しくお仏壇を求める」とは、ご本尊(阿弥陀如来)をお迎えするとです。ご本尊やお脇掛けは、お手次のお寺を通してか、あるいは、直接本山(本願寺)、別院等に申し込んでいただき、ご本尊やお脇掛けをお迎えします。
また仏壇を買い替えたとき、ご本尊も新しくする必要はありません。むしろ慎むべきで、傷んだ掛け軸は修復します。ただしこれは正式なご本尊(門主の裏書きがあるもの)の場合です。修復不能であれば、新しいご本尊をお迎えし、古いご本尊はお寺でお炊き上げをします。
浄土真宗のご本尊(阿弥陀如来の絵像もしくは木像または「南無阿弥陀仏」の六字名号。お仏壇の大きさにより、「三十代」、「五十代」、「百代」といわれるように、ご本尊の大きさも異なります。ご本尊の左右には、お脇掛けという軸(右側に「親鸞聖人の御影」か十字名号「帰命尽十方無碍光如来」、左側に「蓮如上人の」か九字名号「南無不可思議光如来」)を掛けます。
● お仏具とお荘厳

三具足(向かって左から花・香・ローソクの三つの仏具)

お灯明(燭台・しょくだい)

ローソクの火から、如来さまの智慧のお心を味わいます。三本脚の一つを手前にして置きます。
よく「仏壇のローソクに火をつける時はマッチを使わないといけない」と言う人もありますが、ライターで点燭すればよく、むしろ安全上ライターでの点燭をお勧めします。ちなみに寺院では、正式にはマッチで直接ローソクに点燭することはありません。
ローソクを消すときは、口で吹いたり扇などであおいだりせず、芯切箸(しんきりばし)や芯切挟(しんきりばさみ)ではさみ消すか、専用の蓋(ふた)を被せます。ローソクを消した後は、本来は木蝋(もくろう)(朱塗りの木製ローソク)を立てておきます。
仏花(お花・花瓶・カヒン)
如来のお徳を讃え、そのご恩に感謝する心、いきいきと咲く花から如来さまのいのちを感じ、私がお供えした花が私の方を向き、そのまま私に注がれていることを味わいます。(注・トゲや悪臭、毒花、造花等はお供えしません。)
お香(おこう)
お香によって清らかなお浄土と如来のお慈悲を感じ、誰かれとわけへだてなくゆきわたるお香のかおりを味わいます。お線香は香炉の大きさに合うように折り、立てずに寝かせます。本数に規定はありません。
香炉には金香炉(焼香用)と土香炉(燃香用・今では飾物)とがあります。 焼香の作法は、まず香炉の前で仏に向かい一礼し、前に進み、香を一回つまんで(額にいただかない)香炉にくべ、合掌・称名念仏(五.六度ほど)・礼拝し、最後に少し下がって一礼します。
お仏飯(おぶっぱん)
朝ご飯を炊いた時、真先にお仏飯としてお供えし、仏さまからのお恵みとして味わう。(注・お昼までにお下げして、家族で いただきます。)本願寺派では蓮の実のひとつの形を模して盛りつけます。上卓(うわじょく)がある場合は仏飯器一対を直接置き、無い場合は供飯台(ぐはんだい)にのせて一つ置きます。親鸞聖人と蓮如上人の御影(ごえい)にした場合も、供飯台にのせて一つづつ置きますが、十字・九字名号にした場合は脇掛に仏飯は供えません。ご飯を炊かない家庭もありますが、その際は主食(例えばパン)をお供えします。なお上供・下供する際は一揖(いちゆう)(軽くおじぎ)して行ないます。
お供物(くもつ)
日常は、お仏飯だけ供えますが、仏事(報恩講、彼岸、お盆、年忌等)時、お供物を供えます。中央におもち、両側にお菓子、果物の順に対称型に供えます。(注・生臭い物、お水、お酒、お茶等は供えません。)お供物は供笥(くげ)という専門の仏具があります。四角・六角・八角形のものがあります。供笥の他に、鏡台(かがみだい)(四角形で脚のない白木地の台)、雲脚台(うんきゃくだい)(雲型の脚を付けた四角または丸形の白木地の台)も供物を供える台として用いることがあります。
高杯(たかつき)は、正式な仏具ではありませんが、使いやすいので、一般家庭では供笥の代わりによく用いられています。
打敷(うちしき)
供物(くもつ)を供える目的で、上卓(うわじょく)や前卓(まえじょく)にかける装飾布です。年忌法要や祥月命日法要・お彼岸・報恩講など特別の法要の際に用い、普段はしまっておきます。季節や行事によって色や図柄を使い分け、一般的に三回忌法要までは白や銀色を用います。白や銀色がない場合は、打敷を裏返しにして使用することもあります。
鈴(りん)
「カネ」・「キン」ともいい、お勤めの際に決められた箇所で使用します。普段は経卓の右横に置き、桴(ばち)というりん棒は中に入れておきす。基本的には鈴の外側を打ちますが、小さい鈴の場合は内側を打つこともあります。沙羅(さわり)を用いる場合は必ず内側を打ちます。
なお、焼香や合掌やお供えをする前後に鈴を鳴らす、という作法は正式ではありません。
お仏壇の掃除(整理、整頓)
お仏壇は、ご本尊を安置し心のよりどころとなる所ですから、自分の部屋を掃除するように、欠かさず掃除し、花瓶の水をかえたり、花をさしかえたりし、つねに整えておきましょう。(注・仏壇には、お位牌、写真、お札、人形等は置きません。お仏壇の扉は、夜 就寝前にお参りをしてお閉めして、朝のお参りに開けるのが本来です)
本願寺派(お西)の仏具は、ロウソク立、花瓶、金香炉は、真鍮に茶色または茶褐色の漆で色づけした宣徳製(せんとくせい)の物が用いられます。宣徳製(せんとくせい)の仏具は、強く磨くと色がはげ落ちます。お仏壇を求める場合は、お寺にご相談ください。不必要なものまで購入する必要はありませんから。
毎日のお給仕について
普段は三具足でお飾りし、法事の時などに五具足(花とローソクが一対づつ)にします。(余った仏具はしまっておきます)お仏壇のお給仕の順序は
一.花瓶に花を供える
二.金灯籠、輪灯に点火
三.ロウソクに点燭(点火)
四.土香炉に供香
五.炊き立てのご飯(お仏飯)を供えるこの時、浄土真宗では、水やお茶、また、霊供膳、カゲ膳といわれる小さなお膳は供えません。
花瓶には、毒やトゲのある花、悪臭のある花、造花の花等は供えません。
また、金色の蓮の造花(金蓮華)がよく見受けられますが、浄土真宗では用いません。
花瓶の水は毎日取り替えましょう。華瓶(けびょう)には、樒(しきみ)やその他の青木を立てます。
四具足(しぐそく)とは?
一般には、あまり用いていませんが、大型仏壇の場合は整えてあります。蝋燭立+火舎+華瓶一対の荘厳を四具足(しぐそく)といいます。
・蝋燭立(ローソクたて)
ローソク等に火をつけることを点燭[てんしょく]といいますが、点燭していないローソク立には、朱塗りの木製ローソク(木蝋(もくろう))を立てておきます。
・火舎[かしゃ]
香炉(こうろ)の一種です。ローソク立の前に置き、三本脚の一本を前にして飾ります。こちらの火舎も一般的には飾りで、燃香(香を焚く)には用いません。
・華瓶(けびょう)
水を入れる器で、樒[しきみ]などの青木を挿[さ]しておきます。色花は挿しません。華瓶が無いときは水は供えません。湯飲みやコップで水を供えることはしないのです。これはどうしてかというと、浄土の水は「八功徳水」といって清く美味で仏道の助けとなる水が満々とたくわえられている様子が経典にあり、これを表したのが華瓶に入れた水なのです。
他宗との相違
浄土真宗用の金仏壇でもそれぞれ本願寺派(お西)用、大谷派(お東)用、高田派用などの派別に形がそれぞれ異なります(一般的に ご本尊をお迎えする須弥壇上の宮殿の形がそれぞれのご本山の本堂の形を模してあります)。
本来「位牌」は用いない
位牌というのは、そもそも中国で官位や姓名を木の札に書いて神霊に供えるという仏教と関係の無いしきたり(儒家のしきたり)が日本に伝わったものです。したがって、仏教と関係がない(他の仏教国で位牌を使わないことからも明らかです)位牌というものを浄土真宗では用いていません。どうもこの位牌が仏教の教えとかけ離れた「霊の宿る所」的意識にもとづき、「お仏壇は死者をまつる所」という誤解を助長しているように思われます。ひどい場合には、その位牌の前にはお仏飯やお水が供えられていたり、ご本尊が隠れてしまう位置に位牌が置かれていたり、もっとひどい場合には御本尊が無く、位牌だけの位牌壇となっていたりします。これでは何のためにお仏壇を求め、ご本尊をお迎えするのかわかりません。浄土真宗で位牌を用いないのは、こうした仏教にそぐわない霊魂観に基づいたことと仏教が混同されてしまい、本来の大切なみ教えがないがしろになる恐れがあるからです。位牌を用いる場合でも、その意味をよく理解し、七回忌を勤めたら、過去帳や法名軸に書きかえたらいかがでしょうか。古い位牌はお寺へ。
仏壇に他宗の仏像や故人の写真は入れない
浄土真宗は「弥陀一仏」ですから他宗の仏像を用いないのは当然です。お仏壇はお寺をそのまま小さくしたものです。お仏壇に他宗の仏像、御札、お守りなど神仏に関係ありそうなものを何でも入れている方がいますが、これは禁物です。また、故人の写真をお仏壇の中に入れたりしている方がおられますが、故人の写真はお仏壇の外に出して、お仏壇の真上を避け、左右の長押などの適当なところに掲げておかれるのが良いでしょう。

浄土真宗では お茶や水はもちろん霊供膳、カゲ膳といわれる小さなお膳は供えませんので注意してください。

● お仏壇の設置について
お仏壇は、多くの人が出入りする居間等、給仕がしやすく、親しみやすいところにご安置します。何日も入ることのない部屋の片隅に置いたりするのは、お仏壇の意味がなくなります。お仏壇を置く部屋の場所や方角は、特に決まりはありません。その部屋で一番適した場所を選びます。お仏壇に関する迷信が、蔓延(まんえん)していますが、一切、気にすることはありません。× 迷信.お仏壇の向きは、東向きが良い
× 迷信.お仏壇を二階においてはいけない
× 迷信.一階にお仏壇を置いた場合は、天井に「雲」と書いた紙を貼る等々。
お仏壇は、日常生活の心のより所です。根拠のない迷信に惑わされないように努めましょう。
置き場所・向きについて
仏壇は北向きに安置してはいけないなどと言われていますが、これは直射日光があたるなど日当たりや風通しの具合からきているもので、他に理由はありません。阿弥陀如来を安置してあるお仏壇は、家族の心のよりどころですから、家族そろってお参りしやすい場所に安置することが一番です。向きや方向は関係ありません。ただしお仏壇の高さは、合掌礼拝時にご本尊である阿弥陀如来が目より少し高い位置になるように、見上げるようにして、見下ろすことのないように工夫してください。
● 法要
入仏式(入仏法要、入仏慶讃(きょうさん)法要)について
ご本尊(阿弥陀如来様)をお迎えしたときには、お寺さんをお呼びして「入仏式」を行ってください。入仏式とは、本山からお受けしたご本尊(阿弥陀如来)を開闢する慶びの法要です。入仏式は、入仏法要、入仏慶讃(きょうさん)法要、お紐解(ひもと)きとも言います。
お紐解(ひもと)きとは、ご本尊(阿弥陀如来様)のお軸の紐(ひも)を解いて、お仏壇にお懸(か)けするところからきています。
入仏式には、新しくお迎えしたご本尊を、家族全員でお仕えさせていただきましょう。入仏式のロウソクは、慶事用の朱蝋燭(または金蝋燭)を用いるのが正式ですが、入手が困難でしたら普通の白いロウソクでもかまいません。
入仏式のお布施の水引は、慶びの法要ですから、慶事用の紅白(熨斗無し)になります。決して、入仏式は「魂(たましい)」や「性根(しょうね)」を入れたり、抜いたりするような類(たぐい)の儀式ではありません。

よくある質問

Q 宗派の異なる人の戒名などを過去帳に書き入れても良いでしょうか?
A 過去帳は、日々の礼拝の対象となるものではなく、あくまで記録ですから、宗派の異なる方の戒名などを書き入れてもかまいません。ご夫婦が同じ宗派ならともかく、異なる宗派の場合など一方の親だけ書かないというのは寂しいものです。自分につらなるご縁の方々の法名・戒名などを記載してもかまいません。ただし、後の子供たちがご先祖の仏事を営むにあたり混乱しないように、きちんと俗名やどういう関係の人かという続柄を記入しておいてください。
Q 法事のときに仏壇を別の部屋に移動しても良いでしようか
A 参詣者がお参りしやすいようにお仏壇の向きを変えたり、他の広い部屋に一時的に移したりすることはやむをえないことです。ただし、お仏壇は一般の家具とは異なり日常生活の中心的存在ですから、ことさらに丁寧に扱うのはもちろんのこと、お仏壇を移動するということは、当然にご本尊をも移動することになりますから、移動の前後には、最低限合掌礼拝して移動するようにします。お寺では、ご本尊移動の都度に遷座法要を行うくらいです。
Q 法事のときの仏檀のおがざりとお供えについて
A 法事にあたっては、当然のことですが、まずお仏壇の内外をきれいに掃除し、荘厳(おかざり)も、法事らしく整えます。
そして仏具を三具足から五具足へ変更します。(花瓶、ローソク立て、香炉の配置は、通常は向かって右からローソク立て、香炉、花瓶という三具足ですが、法事の時には、しまってあるローソク立てと花瓶を出して、五具足(向かって右から花瓶、ローソク立て、香炉、ローソク立て、花瓶)で行なうのが正式です)
次に、日常はしまってある打敷(うちしき)を出し、上段の上卓や中段の前卓に敷きます。(中陰から三回忌ぐらいまでは、正式には銀欄または白の打敷を用い、七回忌以後は、赤や金襴の打敷を用いて荘厳さを強調します)
仏花も三回忌までは赤など華美な色はさけ、七回忌以後は、花に赤をまじえます。ローソクも三回忌までは白色を用い、七回忌以後は朱色のロウソクを用います。(朱ロウソクの入手が困難なときには、白色のロウソクで代用します)
過去帳を仏壇の引きだしに保管してあるときなどは、これを取り出し、故人のところを開いて、仏壇の最下段右側に置きます。
お仏飯とお餅やお菓子、季節の果物などもお供えします。ただし、いくら故人の好物だったといっても、いわゆるナマグサものは供えないようにします。 また、地方によっては参詣者がお供えを持ちより、そのお供え物をあとで「おさがり」として参詣者全員に配るという風習がありますが、そのような場合のお供えは、当然にたくさんになりますので仏壇の正面や左右にならべることになりますが、お寺さんのおつとめや焼香のじゃまにならないようにし、別に壇を設けたりしたいものです。
できれば焼香用の香(香盒にいれて)、香炉、焼香盆を用意します。焼香盆がないときには、小さ目のお盆等で代用します。ローソクや線香は施主が火をつけて整えておくのが本来です。
Q「お盆」のときの仏檀のおがざりとお供えについて
A 浄土真宗では「お盆」だからといって特別なお飾りはいたしません。これは「新盆」の場合も同様です。一部の風習(他の宗派など)では、精霊棚を作って、お膳を用意し、ナスとキュウリにおがらをさして、牛と馬に見立てたり、迎え火、送り火といったことをしたり、提灯・灯篭を飾ったりするようですが、浄土真宗ではその必要がありません。浄土真宗では、故人は全て阿弥陀さまの浄土にご往生しているので、お盆に霊が帰ってくるという発想はないからです。
したがって、浄土真宗では一般の法要と同じように、花を差し替え、餅、菓子、果物などの供物を仏前にお供えし、前卓には打敷を敷けばよろしいでしょう。なお、精霊棚が無いのでお盆のお経を「棚経」という言い方もしません。
Q 購入時期について
A 「お仏壇を早く買うと死ぬ」などという迷信がありますが、お仏壇は心の窓です。心にも光と新しい風を入れて下さい。お仏壇を買う買わないで死ぬ時期が変わるものではありません。
また、よく本家には仏壇がありますが、私のうちは分家ですから仏壇は要らないのでは?という質問を受けますが、仏壇は仏教徒としての必需品です。分家にもテレビや電話や冷蔵庫があるのと同じです。それぞれの家庭の心のよりどころです。分家も本家もありません。
Q お仏壇の清掃と「おせんたく」について
A お仏壇は、汚れたからといって、洗剤をつけてゴシゴシ洗えるものではありません。掃除の仕方について十分に知っておかねばなりません。
通常の掃除では、主に毛バタキを用いてほこりを払います。その際に仏具を落として仏壇に傷を付けることの無いように、内部の仏具をとり出した後に、毛バタキで仏壇と仏具のホコリを落とします。漆ぬりの部分は、すぐに傷がつきやすいので、やわらかい布やシリコンクロスなどで、ていねいに汚れを落とします。金箔を貼ったところや金粉を吹き付けたところ、そして金メッキの仏具は、なるべく直接手をふれないで、毛バタキで軽くはらうようにします。布でゴシゴシは厳禁です。なお、真鍮製の仏具に関しては、専用の真鍮みがきなどが仏具店で販売されていますので、これでみがくようにします。
また、お仏壇が古くなり汚れもひどい仏壇は、専門の仏具店に頼んで、きれいに修復することができます。一般にこのことを「仏壇のおせんたく」いいます。
おせんたくは、汚れを取り、剥がれた漆の部分をぬり直し、金箔などもきれいに押し直しますので、本当にきれいになります。ただし、費用も相当高額であり、今日のような使い捨ての時代の感覚からすると、新しく買い替えた方が安くつく場合もあるかもしれません。現実に費用は新しく買い替えるのとほとんど変わらない旨聞いております。
仏壇は家庭における心の依りどころですから、仏教徒は仏壇を大切にし、常々清潔に保ち、煤などで汚れが落ちなくなったり傷んだりしたら数十年に一度は「仏壇の洗濯」といってリニューアルを施してきました。
仏壇は製作には大変な技術を要しますが、洗濯するのにも「新品を作るのと同様の手間がかかる」といわれます。飾りや金具を一旦全部ばらして、汚れを落し、膠や金箔を貼り直して組み立てますので、確かに膨大な手間がかかるでしょう。それでも新品の半額くらいの値段で洗濯できますので、先人たちは代々洗濯を繰り返して仏壇を受け継いできました。
Q 家に仏壇が2つあるのですがどうすれば良いでしようか?
A 一軒の家に仏壇が二つあるという相談ときどきあります。一人っ子どうしで結婚されたときなど妻側と夫側の仏壇があるとか、親戚の家で跡がいないために引き取った結果2つになったとか、家族が以前に個人的に他の宗教に入信したためとか理由はさまざまです。しかしながら、仏壇はその家の中心的存在であり精神生活のよりどころですから、やはり仏壇が複数存在するのは如何なものでしょうか。結論として、ひきとった仏壇は思い切って処分されることをお奨めします。
お寺または自宅で法要の後、仏壇仏具店またはお寺に処分をお願いするのがいいと思います。その場合、すべてを処分してしまうのではなく、代々の先祖の記録が記されている過去帳は残すか転記しておいて、家の仏壇の引き出しなどにしまっておくようにします。このときには、後の子孫の方が先祖記録を混同しないように過去帳には必ず続柄を記しておくようにします。
一般的に同じ宗旨ならばこれでよいのですが、そうはいかないケースもあります。宗旨の異なる仏壇があるケースです。この場合もお寺と相談して、前記の例のようにまとめことがよいでしょう。いずれにいたしましても、後々の子孫が困ることのないように今のあなたの代ではっきりしておかなければならないということです。