用語解説について

法名について

仏法に帰依し、釈尊の弟子なった者の名前。浄土真宗本願寺派(お西)では、釈尊の弟子であることを意味する「釈」の字を冠し、これに2字を加えて「釈○○」と名づけられ、一般に本願寺で行われる得度式または帰敬式の受式者に授与される。法名は念仏者としての名のりであり、生前に受けるものであるが、生前に帰敬式が受式できなかった場合は、葬儀に先立って剃髪式として所属寺の住職などが代行して法名を授与する。

帰敬式について

「おかみそり」ともいう。浄土真宗本願寺派(お西)では、仏祖に帰依崇敬の意をあらわす儀式で、一般に本願寺御影堂において行われる。受式者は三帰依文を唱え、剃髪になぞらえて頭に剃刀をあてられ、法名を授与される。

院号法名について

「院」を最後に付す称号です。院とは垣根を巡らした大きな建物を意味します。もとは寺院や上皇の御所などの号でありましたが、平安時代より、そこに住むものを指す習慣が生じました。仏教でも各宗派で院号が用いられ、戒名や法名に冠して称されることが多くあります。本願寺派では、第八代蓮如上人が信証院と号したことに始まるとされ、現在は、宗門の護持発展に貢献した人または宗門もしくは社会に対する功労が顕著であると認められる人に宗門から授与される称号であります。

浄土真宗本願寺派について

本山は本願寺(西本願寺、京都市下京区)。親鸞聖人のご遺骨を納め、ご影像を安置した大谷本廟から展開した一派。第3代覚如上人は廟堂を本願寺と称し、三代伝持を主張して、本願寺とその留守職(るすしき)である親鸞聖人の子孫を中心に各地のご門徒をまとめようとしました。第八代蓮如上人は、教線を大きく伸張させ、現在に至る本願寺教団の基礎を築きました。この頃から、本願系の門徒たちを中心とする一向一揆がおこるなど、社会的にも大きな勢力を持つようになりました。本願寺は第十一代顕如上人の時に門跡となってます。慶長七(1602)年に教如上人が東本願寺を別立し、教団が二分されました。江戸時代には諸制度の整備が進められ、寺院・門徒の統制が行われました。また寛永十六(1639)年に創設された学寮では、教学の研究と教育が進められましたが、三業惑乱などの論争もおこりました。明治になると、大教院分離運動などで、しばしば東本願寺や専修寺、錦織寺などと協調します。明治十三(1880)年には集会(現在の宗会)が開設されるなど、教団の近代化がすすめられました。平成二十二(2010)現在、日本国内では31教区と沖縄県宗務特別区とがあり、所属寺院等は約10300カ寺となります。また、北米・カナダ・ハワイ・南米の4開教区をはじめとして欧州・オーストラリア・台湾など海外にも教線を展開しています。